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男たちの大和/YAMATO
製作年 : 2005年
製作国 : 日本
監督 : 佐藤純彌
出演 : 反町隆史 、 中村獅童 、 仲代達矢 、 鈴木京香 、 松山ケンイチ
<ストーリー>
2005年4月、鹿児島の枕崎漁港に一人の女性が訪れた。
その女性=内田真貴子は、大和が沈没した箇所へ連れて行って欲しいと頼み回るが、漁師達は相手にしてくれない。
そんな漁師の中に、水上特攻時に大和の乗組員として乗艦していた神尾克己がいた。
一度は真貴子の頼みを断るが、彼女が自分の恩人であった内田兵曹の養女である事を聞かされる。
その瞬間、60年間ひっそりと暮らしていた神尾に若き頃の思い出が浮かび上がってきた。
彼女の頼みを聞き入れる事にした神尾は、たった一人の少年乗組員・前園敦と共に彼女を乗せ、大和の沈没ポイントへと出航した。
そして、ずっと閉ざしていた口を開き、過去の事をあまり語らなかった内田兵曹の話を彼女に語り始めるのであった・・・
昭和19年の春。
特別年少兵として戦艦大和に乗り込んだ神尾たちは、憧れの大和を前にし目を輝かせていた。
しかしその喜びも束の間、彼らを待ち受けていたのは厳しい訓練の日々だった。
神尾たちは上官である森脇・内田の叱咤激励のもと訓練に励んでいたが、彼らの努力もむなしく、
日本は日増しに敗戦の色を濃くしていた。
1945年3月26日に米軍が沖縄に上陸。
28日、軍上層部は昭和天皇に神風の特攻作戦を伝えると、天皇は「海軍にもう艦はないのか、海上部隊はないのか」と質問。
この一言を受け、すぐさま大和を旗艦とした連合艦隊第二艦隊に沖縄出撃の命が下った。
それは片道分の燃料で沖縄の海岸に乗り上げ、水上砲台となって戦えという「水上特攻」の指令だった・・・
軍が考えていた元々の作戦では、大和を使って米艦隊を本土の側まで誘い出し、空と海から叩くというものだった。
しかし天皇の言葉で作戦は激変、「畏レ多キ御言葉ヲ拝シ恐懼(キョウク)ニ堪ヘズ…」と緊急電報で特攻が告げられた。
一機も航空機の支援がない無謀な作戦であり艦隊司令長官は抗議したが、参謀長から「一億総特攻の規範となるよう、立派に死んでもらいたい」と説得され、
「我々は死に場所を与えられた」と言葉を呑み込んだ。
そして慌ただしく出航準備が整えられ、4月6日夕刻、大和は出撃する。。。
「死ニ方用意」。約3千名の乗組員に作戦内容が特攻と知らされたのは出航の後。
動揺し、特攻の是非を巡って衝突する兵士たちに対し、“これは無駄死にではない”と語る臼淵大尉の悲壮な言葉(実話)は、
この映画の核となっている。
「進歩のない者は決して勝たない。負けて目覚めることが最上の道だ。日本は進歩ということを軽んじ過ぎた。
私的な潔癖や徳義にこだわって、真の進歩を忘れていた。敗れて目覚める。それ以外にどうして日本が救われるか。
今目覚めずしていつ救われるか。俺たちはその先導になるのだ。日本の新生に先駆けて散る、まさに本望じゃないか。」
大和は半日で米潜水艦に捕捉され、わずか1日後、出撃の翌日に鹿児島沖で386機もの米艦載機による猛爆を受け、
沖縄を見ることもなく轟沈した・・・(生還者は1割以下、269名)。
<その他、感想など・・・>
世界最大最強の戦艦と謳われながらも、さしたる活躍の場を与えられず約3,000名の命とともに東シナ海に散った戦艦大和。
物語の後半、水上特攻の命を受け、なす術もなく沈んでいく大和の姿にただただ圧倒された。
わずか15,6歳の少年たちが、どういう思いで戦ったのか? 戦後60年を迎えた今だからこそ、改めてその意味を考えてみてみるべきであろう。この先ずっと語り継がれるべき真実です。
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